トレーニング|回復とオーバートレーニング
この章の狙い
要点: 伸びるのは「刺激」と「回復」の差である。回復が追いつかなくなったとき、鍛えるほど遅くなる。早い段階の合図を見つけて、1週間で引き返す。
第8章から第11章まで、身体に与える刺激の話をしてきた。この章は、その反対側である。
トレーニングは伸びる原因ではなく、伸びるきっかけである。実際に強くなるのは、そのあと回復するときである。だから、回復が足りなければ、刺激を増やしても結果は増えない。
疲労には2つの層がある
1つめは、その日の疲労である。トレーニングの直後に強く、1〜3日で抜ける。翌日に重い種目ができないのは、この層である。
2つめは、積み重なる疲労である。週をまたいで少しずつ溜まり、抜けるまでに1週間から数週間かかる。こちらは自覚しにくい。
問題になるのは2つめである。1回ごとの疲労は誰でも分かるが、積み重なるほうは「なんとなく調子が出ない」としか感じられない。記録で見つけるしかない。
- 📘 積み重なる疲労:週をまたいで蓄積する疲労。自覚しにくく、記録の低下として先に現れる。
溜まりすぎた状態には段階がある
疲労が積み重なった状態には、深さの違いがある。
軽い段階。数日から1週間、量を落とせば戻る。むしろ、この直後に記録が伸びることがある。計画的に使うこともある。
深い段階。数週間の休養が必要になる。記録の低下だけでなく、睡眠、気分、食欲にも影響が出る。
さらに深い段階。回復に月単位かかる。ホルモンや自律神経にも影響が及び、日常生活にも支障が出る。ここまで進むと、トレーニングの調整だけでは戻らないことがある。
- 📘 オーバートレーニング:回復が追いつかない状態が続き、記録も体調も落ちていく状態。深いほど戻るのに時間がかかる。
深い段階まで進む人は多くない。 しかし、軽い段階を無視して量を増やし続けると、そこへ向かう。
合図を3段階で読む
問題なしの段階。記録が伸びている、朝の安静時心拍数が普段どおり、眠れている。そのまま続ける。
溜まってきた段階。同じ重さで回数が2週続けて落ちた、寝つきが悪い、トレーニングに向かう意欲が落ちた。ここで1週間だけ量を半分にする。
止まるべき段階。関節の痛みが続く、風邪を繰り返す、気分の落ち込みが続く。数週間かけて戻し、改善しなければ受診する。
黄色の段階で対処すれば1週間で戻る。 赤まで進むと月単位かかる。だから、早く気づくことに価値がある。
回復を決めるもの
回復を助ける手段はいくつもあるが、効果の大きさには大きな差がある。第1章と同じで、順番が大事である。
1. 睡眠。もっとも大きい。時間が足りない日が続けば、他の手段では埋められない。第13章で扱う。
2. 食事。エネルギーとタンパク質。減量中は回復力そのものが落ちるので、量の設計を変える(第9章)。
3. 軽い活動。完全に動かないより、軽く動くほうが回復が進むことが多い。散歩、軽い自転車。
4. ストレスの管理。仕事のストレスは、トレーニングの疲労と同じ入れ物を共有している。第14章で扱う。
5. その他の手段。マッサージ、入浴、道具でのほぐし。効果はあるが、上の4つに比べれば小さい。
⚡ 回復の優先順位
- 睡眠 > 食事 > 軽い活動 > ストレス管理 > その他
- 上が崩れているとき、下をいくら足しても埋まらない
筋肉痛への対処
激しい運動のあと、1〜2日たってから出る痛みがある。慣れない種目や、伸ばしながら力を出す動きで強く出る。
時間が解決する。 2〜4日で自然に引く。
軽く動かすと楽になる。 完全に休むより、軽い運動をしたほうが痛みが早く引くことが多い。
痛みが強い部位は、無理に同じ種目をしない。 フォームが崩れ、けがにつながる。
筋肉痛は成果の指標ではない(第8章)。同じ種目を続けていれば、痛みは自然に出なくなる。それは効かなくなったのではなく、慣れただけである。
温める・冷やす・押す
回復のための手段には、根拠の強さに差がある。
入浴。就寝の1〜2時間前の入浴は、寝つきを助けることが報告されている(第13章)。回復そのものより、睡眠を通して効く。(根拠:中程度)
冷水に入ること。運動直後の筋肉痛を和らげる報告がある一方で、筋肥大の反応を鈍らせる可能性が指摘されている。(根拠:中程度)
つまり、試合の直後など「明日も動きたい」場面では役に立つが、筋肉を増やしたい時期に毎回行うのは得策ではない。
サウナ。心血管への良い影響を示す観察研究がある。筋肉の回復そのものへの効果は、はっきりしていない。(根拠:弱い〜中程度)
マッサージ・道具でのほぐし。痛みの感覚を減らす効果は報告されている。回復を速めるという強い証拠はない(第11章)。
休むべき日の見分け方
休む。発熱がある、痛みが強い、睡眠が2時間以上足りていない日が続いている。
軽くする。だるいが熱はない、寝不足が1日だけ、記録が落ちている。この場合は中止よりも、量を減らして行うほうがよい。習慣が切れないという利点がある。
行う。気分が乗らないだけ。これは、始めてしまえば解決することが多い。
判断を先に決めておく。 その日の気分で決めると、必ず甘いほうか厳しいほうへ偏る。上の3つの線をあらかじめ書いておく。
1年の中でも波を作る
12週ごとの計画(第3章・第9章)を年に4回まわすと考えると、そのうち1回は「軽い時期」でよい。
理由は2つある。年間を通して全力を続けられる人はいないこと。そして、休養の時期のあとに記録が伸びやすいことである。
旅行や繁忙期があるなら、それを軽い時期に重ねる。予定に逆らわないほうが、長く続く。
疲労を数字で見つける
「なんとなく調子が悪い」を、数字に置き換える。第3章で決めた記録が、ここで役に立つ。
| 見るもの | 疲労が溜まっているときの動き |
|---|---|
| 同じ重さでの回数 | 2週続けて落ちる |
| 朝の安静時心拍数 | 普段より5〜10拍高い日が続く |
| 睡眠時間と寝つき | 疲れているのに寝つけない |
| 気分の自己採点 | 5段階で2以下が数日続く |
| 食欲 | 極端に落ちる、または止まらない |
| 風邪のひきやすさ | 短い間隔で繰り返す |
2つ以上が同時に当てはまったら、黄色の段階と考えてよい。1つだけなら、その日の事情かもしれない。
数字にしておく利点は、気合いで判断しなくて済むことである。やる気があるときほど、身体の声は無視されやすい。
軽くする週の実際
第9章で触れた「軽くする週」を、もう少し具体的にする。やり方は3つある。
1. セット数を半分にする。 重さと回数はそのまま。もっとも扱いやすい。
2. 重さを2割落とす。 セット数と回数はそのまま。動きの練習になる。
3. 頻度を減らす。 週4回を2回にする。時間がない週と重ねられる。
やってはいけないのは、完全にやめることである。1週間まったく動かないと、戻るときの心理的な負担が大きくなる。軽くするのであって、休止ではない。
軽くした週は、記録が落ちて当然である。そこで焦らない。次の週に伸びていれば成功である。
ストレスの入れ物は1つしかない
仕事の締め切り、人間関係、家庭の事情。これらのストレスは、トレーニングの疲労とは別物のように見える。
しかし身体の側から見ると、どちらも同じ回復の資源を使う。強いストレスがかかっている時期は、同じトレーニング量でも回復が遅くなる。(根拠:中程度)
だから、繁忙期にトレーニングの量を増やすのは筋が悪い。逆である。忙しい時期は量を落とし、落ち着いてから戻す。
これは第14章のストレスの話と、第9章の計画の話をつなぐ考え方である。トレーニングの計画は、生活の予定と切り離して立てられない。
病気のときの扱い
首から上の症状だけ(鼻水、のどの軽い痛み)なら、軽い運動は問題ないとされることが多い。ただし強度は落とす。
首から下の症状(発熱、全身のだるさ、咳、胃腸の症状)があるときは休む。運動によって回復が遅れ、まれに心臓の合併症が起きることがある。
復帰は段階的に。 熱が下がった翌日に元の重量へ戻さない。数日かけて量と強度を戻す。
- 📘 段階的な復帰:病気やけがのあと、数日から数週かけて元の量に戻していく進め方。
眠れない日のトレーニング
睡眠が足りない日に、鍛えるべきか。
1日だけの寝不足なら、行ってよい。ただし、重い重量の日は避け、記録が落ちても気にしない。フォームが崩れやすいので、限界まで追い込むのはやめる。
寝不足が数日続いているなら、量を落とす。この状態で追い込むと、疲労がさらに積み重なる。
寝不足の原因がトレーニングにある場合もある。夜遅い時間の激しい運動は、寝つきを悪くすることがある。時間帯を変えるだけで解決することがある(第13章)。
記録の見直しは4週ごと
第9章で書いたとおり、4週ごとに記録を見返す。疲労の観点では、次の1点を確かめる。
この4週間で、上向いた指標はいくつあるか。
重さ、回数、睡眠時間、気分、体重の推移。半分以上が横ばいか下向きなら、それは「もっとやる」合図ではなく「回復が足りない」合図である。
多くの人は、ここで量を増やそうとする。逆に動くのがこの章の要点である。
⚠️ 回復でやりがちな誤り
- 疲労を「気合いで乗り切るもの」と考える。
- 記録が落ちているのに、量を増やして取り返そうとする。
- 黄色の合図(回数の低下、寝つきの悪化、意欲の低下)を無視する。
- 睡眠と食事が崩れたまま、マッサージや道具で埋めようとする。
- 筋肉痛の強さでその日の成果を判断する。
- 筋肉を増やしたい時期に、毎回の冷水浴を習慣にする。
- 体調の判断をその日の気分で決める。
⚡ 第12章の通過チェック
- 疲労の2つの層を説明できる
- 3段階の信号と、それぞれの対処を言える
- 回復の優先順位を上から3つ言える
- 冷水浴の利点と、筋肥大の面での注意を言える
- 休む・軽くする・行うの3つの線を、自分の言葉で決めてある
次章へ
回復の中心にあるのは睡眠である。次の第13章から第4部に入り、その睡眠を正面から扱う。テストステロンとの関係、量と質の決まり方、そして今夜から変えられる具体的な手順を見ていく。